希少がんの情報提供における課題とガイドライン作成の意義

希少がんの情報提供における課題

厚生労働省委託事業「希少がん対策ワークショップ報告書」によれば、希少がんのひとつと言える「成人T細胞白血病」における患者さんの調査で診断時に「どこかに相談にいきたいと思った」が「どこにいけばいいのかわからずに困った」と回答した人が6 割以上存在し、推奨できる治療法には何があり、それを提供できるのはどの医療機関であるかの情報が不足している実情が浮き彫りになりました。これは一例に過ぎません。希少がんの情報提供にはさまざまな課題があるといえるでしょう。

希少がんガイドラインの現状

大腸がんや胃がんなど患者数の多いがんなどに対しては、既に診療ガイドラインが作られています。しかし、希少がんは症例数が少なく、診療経験の豊富な医師の数や医師同士の交流が少ない、レベルの高いエビデンス(科学的根拠)が少ないなど、さまざまな理由から、診療ガイドラインの作成はなかなか進みませんでした。そのため、希少がんの診療においてはそれに遭遇した多くの医師は自分でゼロから文献を調べあげながら病気に立ち向かわなくてはなりませんでした。
また、希少がんは個々のがん種としての発生率は低いのですが、全ての希少がんを合わせるとがん全体のなかで15%から22%の割合であり、決して患者さんの数が少ないわけではありません。
このような状況から、2017年より厚生労働省「希少癌診療ガイドラインの作成を通した医療提供体制の質向上」班が設置され、希少がん治療ガイドラインの整備と作成が始まったのです。

希少がんにおいてガイドラインを作成する意義

ひとつひとつのがんにおけるエビデンス(科学的根拠)が少ない中でも、希少がんにおいて現在もっとも推奨できる治療を示していくことには大きな意味があります。たとえば希少がんの場合、保険適応外の治療法しかないケースもあります。そのような情報に出会ったとき、その治療法を本当に実施してよいのかという判断に迷うこともありますが、ガイドラインに記載があればその治療を行うか、実施可能な医療機関に紹介する等、前向きに方針を決めることができます。患者さんにとっても、主治医とコミュニケーションをとりながら自身の治療を進めていく上で大切な判断材料になります。

希少がんガイドライン整備における困難

今回、研究班で希少がん診療ガイドラインの整備・作成にあたって苦労したことのひとつは、それぞれの希少がんの専門家を探していくことです。ガイドラインの作成はその疾患の診療経験が豊富な医療者を中心に作成されるのが普通ですが、そのような医療者が全国のどこにいるのかという情報を手に入れることは、研究班においても簡単ではありません。また、ガイドラインの作成には手間と費用がかかりますので、対象となる患者さんの数が少ない膨大な数の希少癌をすべてカバーするのは容易なことではありません。診療ガイドラインはその疾患を主な研究対象とする学会が主体となって作成しています。すべての希少癌について、その癌を専門領域に含む学会に呼び掛けガイドライン作成を促すのは無理があり、罹患数や診療内容の特殊性から優先順位が高いと思われる希少癌から順に作成をお願いしていく地道な活動が必要です。

現在、国立がん研究センターのがん情報サービスから、各医療施設の希少がんの診療実績やがん相談支援センターなどを調べることができるようになってはいますが、まだその情報も完全なものではありません。がん診療のエキスパートが集う研究班でさえ情報を手に入れるのが困難な状況では、患者さんが希少がんの情報を手に入れるのはさらに困難といえるのではないでしょうか。
希少がんのガイドラインを1つ1つ作成することもさることながら、そこに含まれる情報を全国の医療従事者や患者さんへ広く提供していくことにも大きな意義があります。また、全国で希少がんに立ち向かっている医師にもぜひ本研究班にガイドライン作成に向けた情報提供をしていただきたいと考えています。

名古屋大学大学院医学系研究科 消化器外科学教授小寺 泰弘 医師

名古屋大学大学院医学系研究科 消化器外科学教授
小寺 泰弘 医師

名古屋大学大学院医学系研究科消化器外科学教授であり、胃癌外科のエキスパート。日本胃癌学会理事として長らく学会誌編集に注力し、ガイドライン作成委員として「胃癌治療ガイドライン」の作成に携わる。日本癌治療学会理事としてガイドライン作成・改定委員長も務める。

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