十二指腸がん診療ガイドラインの必要性――幅広い治療の中から適切な治療を


近年希少がんに対する注目が集まり、2017年には厚生労働省『希少癌診療ガイドラインの作成を通じた医療提供体制の質向上班』が設置されるなど、希少がんに対する診療ガイドライン整備が国を挙げて行われています。「十二指腸がん」も患者数が少なくまれながんとして知られ、症例が少ないために治療方法の確立が難しく、これまで統一された治療の指針がありませんでした。しかし、2018年に「十二指腸癌診療ガイドライン」の作成がスタートし、出版に向けて対応が進められています。これを取りまとめた十二指腸癌ガイドライン作成委員会で委員長を務める奈良県立医科大学消化器・総合外科教室教授の庄雅之先生に、十二指腸がん診療の現状や診療ガイドライン作成の経緯などについてお話を伺いました。


患者数は少ないものの徐々に増加傾向にある十二指腸がん

十二指腸がんとは、胃と小腸の間にある25cm程度の小さな臓器“十二指腸”に生じるがんで、空腸がん・回腸がんと共に“小腸がん”と総称されることもあります。よく似た名称のがんに“十二指腸乳頭部がん”がありますが、こちらは胆管・膵管(すいかん)と十二指腸をつなぐ「十二指腸乳頭部」に生じるがんですから、胆道がんの1つと捉えられ、今からお話する十二指腸がんとは厳密には異なる背景をもつ別のがんです。
十二指腸がんは、人口10万人あたり6例未満のまれながんと定義される「希少がん」の1つです。比較的大きい地域の中核病院であっても、症例数は年に数件程度といわれています。しかしながら、全国的に見ると患者数が徐々に増加していることが分かっており、日本の全国がん登録データによれば2016年に十二指腸がんと診断された方の数は3005人にものぼります。患者数が増加している理由について明確なことは分かっていませんが、上部消化管内視鏡検査(いわゆる胃カメラ)の普及と発展が関与しているのではないかと考えられています。

治療には幅広いバリエーションが

現在行われている十二指腸がんの治療には、内視鏡治療・手術治療・薬物治療・放射線治療の4つが挙げられ、実際行われる治療は患者さんによってさらに幅広いバリエーションがあります。
たとえば、比較的早期で発見することができれば、上部消化管内視鏡を挿入してがんを切除する内視鏡治療ができる可能性があります。一方、内視鏡治療だけでは治療が難しい場合には、腹腔鏡(ふくくうきょう)手術と内視鏡治療を合同で行うLECS(Laparoscopy and Endoscopy Cooperative Surgery)という方法を用いることもあります。また、手術治療となった場合は、がんの位置や広がりによって切除範囲を決定しますが、十二指腸は膵臓に隣接しているため、広がりや進行度によっては膵臓の一部と十二指腸をまとめて切除する「膵頭十二指腸切除」が必要になることも少なくありません。この術式は主に膵頭部に発生するがんの治療で行われるものとして知られ、複雑で難易度の高い手術です。治療による合併症が生じる可能性もあるため、患者さんへの負担も大きくなります。またがんが胃に近い部分にある場合は、十二指腸を含めた胃切除を行うことによってがんを取り除くことが検討されます。

十二指腸がん診療における課題

このように十二指腸がんには、さまざまな治療のバリエーションがあります。しかし、希少がんでいずれの医療機関においても診療経験が少ないこと、解剖学的にがんが組織表面からどの程度深くまで入り込んでいるかなど細かい診断が難しいことなどが理由となり、実臨床の現場において治療方針が立てにくいという課題が生じています。また、再発した場合の治療方針や、手術後に抗がん剤による化学療法などの補助療法を行うべきかなどについても明確な指針がないため、主治医が各医療機関の経験などをもとに手探りで判断して治療を行うことを余儀なくされています。

十二指腸がん診療ガイドラインの必要性が高まる

ほかの希少がん同様、十二指腸がんにおいても、症例数が少なく、治療の指針となるものがないことから、各医療機関で「治療方針を立てることが難しい」「現行の治療が適切なのか分からない」といった迷いが生じていることは明らかです。
そこで全国で統一された1つの指針を作るために、2018年に「十二指腸癌ガイドライン作成委員会」が設置されました。この委員会では日本肝胆膵外科学会・日本胃癌学会という十二指腸がんの診断・治療に関わる2つの学会の協力のもと、外科医、内科医、化学療法や放射線治療、病理を専門とする医師など幅広い分野の専門家がチームになって診療ガイドラインの作成を行っています。現在、私は「希少癌診療ガイドラインの作成を通じた医療提供体制の質向上」班で班長を務められる小寺泰弘先生や十二指腸癌ガイドライン統括委員である山上裕機先生からご推薦をいただき、委員長として診療ガイドラインの作成を取りまとめています。

限られた情報の中でも指針を示すことに意味がある

診療ガイドラインを作成する際は、すでに発表されている論文の中から医学的根拠(エビデンス)を提示し、裏付けを取ったうえで推奨される治療方針を示すことが一般的です。
しかし十二指腸がんのようにまれな病気の場合、そもそも論文の数が少なく、エビデンスと言えるものが限られています。そのため、今回の診療ガイドライン作成も非常に困難を極めました。
実際、今回の「十二指腸癌診療ガイドライン」第1版の草案をご覧いただくと、情報の限られている部分、エビデンスレベルの低い部分も多々見受けられます。しかし、私はそれでも十二指腸がんについて、少なくとも現時点で分かっていること・分かっていないことを明確にし、診療ガイドライン上に示すことが大事な目的でもあり、大きな意味があるものだと考えます。
また、今回はガイドラインの作成と並行して十二指腸がんの診療に関する全国調査を行い、1000例以上の症例を集めて解析を行いました。これも今後の診療において大きな意味をもつデータになると感じています。私はこの診療ガイドラインが1つのたたき台となり、今後2版、3版と改訂されていくにあたって、徐々にエビデンスレベルの高い診療ガイドラインに進化していくことを期待しています。

診療ガイドラインは2021年の夏に出版予定

2018年から作成の始まった「十二指腸癌診療ガイドライン」は草案が完成し、2021年3月現在パブリックコメントの募集が終了したところです。パブリックコメントとは、診療ガイドラインの制作にあたってその草案を公開し、作成に関与していない医師や医療従事者の方などから指摘や意見をいただく制度のことをいいます。今回の募集では、さまざまな方面からいくつかの貴重なコメントが寄せられました。
今後はコメントに対する回答を作成して全体の最終チェックを行い、最終的に2021年7〜8月に出版される予定です。初版の作成ということもあり、土台のないゼロからの作成だったので苦労したこともありました。さらに、新型コロナウイルス感染症の流行によって途中から会議がオンラインになるなどの影響も受けましたが、委員の先生方の真摯なお仕事と熱意あるご協力により順調に作成を進めることができました。すでにさまざまな医療機関の方から問い合わせもいただいておりますので、それだけニーズの高い分野であることを感じています。約3年間かけて取り組んできましたので、多くの方の手元に届き、活用していただきたいと思っています。

希少がん診療における診療ガイドラインの必要性

十二指腸がんに限らず、希少がん診療では、患者さんが診断・治療について疑問や不安を抱えることはもちろん、医療従事者も疑問や不安を抱えながら診断・治療を行っていることが少なくありません。そのため全国で統一された診療ガイドラインを作成することで、患者さんにとっても医療従事者にとっても診療ガイドラインが拠り所となり、お互いが安心して治療に臨めるようになることを期待します。また希少がんは一般的ながんと比較して治療方針の確立が難しいだけでなく、新しい治療薬の開発が行われにくい、ほかのがんでは承認されている治療薬が使えないなど、治療の開発や承認が進みにくい側面があります。診療ガイドライン作成ではその点にも注目し、未承認の治療薬などであっても効果が認められるものについては記載したり、展望や課題として記述することで、今後の新たな研究や治療の開発につながることを願っています。
希少がん診療ガイドラインの作成は症例数が少ないがためにエビデンスを導くことが難しく、難航することもあります。しかし、たとえ数が少なくても困っている患者さんがいることに変わりはありません。国や医療機関が力を合わせることで、その時ベストと考えられる治療方法をまとめることはとても大切だと思います。

奈良県立医科大学消化器・総合外科教室 教授庄 雅之医師

奈良県立医科大学消化器・総合外科教室 教授
庄 雅之医師

1991年奈良県立医科大学卒業、同年より外科医として研修を開始。1999年から3年半、米国Harvard大学に留学。2016年奈良県立医科大学消化器・総合外科教授に就任。肝胆膵領域、特に膵がんを専門として、関連診療科・部署との緊密な連携の下、化学療法、放射線治療、IVRを含む集学的治療を実践している。十二指腸癌診療ガイドライン作成委員会の委員長も務める。患者さんのご希望に沿って、あらゆる可能性を追求しつつ、最善かつ最先端の治療を行うことを目標としている。

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