血液のがんの1つ悪性リンパ腫の患者さんのエピソード―娘さんの視点から

 

日本人の死因のもっとも多くを占めるがん(悪性腫瘍)。その中に、血液に発生するがんがあります。血液細胞に由来するがんの1つ「悪性リンパ腫」には70以上の種類があり、その中でも「びまん性大細胞型B細胞リンパ腫*」は比較的多く見られるタイプです。しかし、中枢神経にできるものはそれほど多くなく、治療法にも特有の難しさがあります。今回はびまん性大細胞型B細胞リンパ腫と診断された患者さん(女性、70歳代、福島県在住)の娘さんのお話を基に、診断までの経緯と治療の過程をまとめました。
* びまん性大細胞型B細胞リンパ腫:悪性リンパ腫の1つで、リンパ球(白血球の一部で、体を守るはたらきを持つ)内のB細胞から発生すもの。全身のあらゆる臓器に発生する可能性がある。

*本記事の内容はあくまで1つの例です。同じ病名であっても、病気の性質や体の状態などにより経過や治療選択は異なります。 *※本記事は、厚生労働省「希少がん診療ガイドラインの作成を通した医療提供体制の質向上班」研究による企画です(研究代表者:名古屋大学大学院医学系研究科消化器外科学 教授 小寺泰弘先生)。

Q 「びまん性大細胞型B細胞リンパ腫」と診断されるまでの経緯

母は2019年2月に脳梗塞(のうこうそく)を発症し、後遺症のため左耳が完全に聞こえなくなってしまったのと、回転性のめまいがする症状が続いていました。2020年9月に左半身に麻痺が出てきたため、脳梗塞の再発かもと思い救急車を呼びました。病院での治療に際して脳生検(腫瘍の一部を採取する)と病理検査を行った結果、「びまん性大細胞型B細胞リンパ腫」との診断を受けたのです。

Q 診断から現在までどのような経過をたどりましたか

担当医に「予後不良のタイプで、積極的な治療をしなければ余命は半年ほどでしょう。抗がん剤治療と放射線治療をすぐに始めれば治る可能性があります。ただし、厳しい状況ではあるので覚悟のうえ臨んでください」と言われました。
できることをしたいと思い、10月には抗がん剤治療の1コース目*を開始。しかし、母はシェーグレン症候群という持病を抱えており、抗がん剤治療の副作用で高熱が出始め、さらに顔には重度の帯状疱疹(たいじょうほうしん)が出てしまいました。担当医から「敗血症(感染症によって重度の臓器障害が引き起こされる状態)の恐れがある。このまま抗がん剤治療を続けると命に関わるので、緩和ケアに切り替えたほうがよい」と言われ、療養と看取りのための施設に移ることにしたのです。
その時点で脳腫瘍が原因の意識障害が出ており、自立での歩行と咀嚼嚥下(そしゃくえんげ:食べ物を噛んだり飲み込んだりすること)が難しい状態でした。施設から「胃瘻*(いろう)をつくってきてください」と頼まれたため、往診の担当医と相談のうえ、県内の病院で胃瘻をつくるための手術を受けることにしました。
* 化学療法では、治療の日と治療を行わない日を組み合わせた 1~2 週間ほどの周期を設定する。一般的にはこの周期を「1 コース」「1 クール」などと呼び、一連の治療として数回繰り返して行う。
* 胃瘻:自分で食事ができない場合に、胃の中に直接水や栄養を入れる方法

Q 新型コロナウイルス感染症による影響

胃瘻をつくるために入院した病院で新型コロナウイルス感染症のクラスターが発生。母はいったん手術を終えて施設に戻ったのですが、運悪く新型コロナウイルス感染症に罹患していることが判明し、悪性リンパ腫で入院していた病院へ再入院することに。施設に戻ることが困難になってしまいました。無事に回復し、感染の可能性が低い状態にはなりましたが、PCR検査で陰性が2回出るまでは施設に移れないため、現在はまだ病院で過ごしています(2021年3月時点)。
母の親族の多くは福島県内に住んでいます。現在、私自身は福島県ではなく関東地方に住んでいるので、母が入院中は1カ月に1回ほどお見舞いのために福島の実家に滞在していました。ただ、新型コロナウイルス感染症の影響で面会が制限されており、母が入院してから3カ月以上会えていません。

Q 病気の情報や病院選びなどで参考にしたもの

母の病気が分かってから、主にインターネット経由で情報を集めました。もともと医療に詳しいわけではなく、しかも希少がんということで情報を得るのには大変苦労しました。たとえば、ある資料に「悪性リンパ腫の治療法の1つにR-MPV療法がある」とあったのでR-MPV療法について調べようとしましたが、難しい用語で書かれたものが多く理解しきれなかったことがあります。担当医に相談しようにも、日々の診療でいつも忙しそうにしているので、なかなか相談できませんでしたね。

Q お母様と会えないなかで感じたこと、工夫されたこと

闘病するにしても家族は近くにいない。母が一番つらいときに一緒にいてあげられないのが苦しいです。何かできないかと思い、ビデオレターをつくりました。自分のスマートフォンで動画を撮影し、DVDに入れて福島に住んでいる伯父(母の実兄)に送り、病院に持って行ってもらっています。
看護師さんによると、母が夜中に声を上げて泣いてしまうことがあるのですが、ビデオレターを流すと落ち着き、「これは娘さんですか」と聞くとうなずくという話を聞きました。大変な状況のなかで、私の要望に応えて精一杯の対応をしてくださる医療者の皆さんには本当に感謝しています。

Q お母様への思い

2年前に脳梗塞を発症するまで、母はとても元気でした。救急車で運ばれた日の午前中までは仕事をしていたくらいです。母は私が7歳のときに父と離婚し、女手一つで私を育ててくれました。病気で倒れるまで40年以上同じ会社に貢献し、会社の方々からも信頼されていました。
意識障害が出てからは母のスマートフォンを私が預かっており、母の友人から「元気?」という連絡が届きます。連絡をくださった方には私が代わりに母の現状をお話しするのですが、皆さん、母のことを「皆に好かれる素敵な人」と言ってくれます。そうやって知る母の姿はなんだか新鮮ですが、昔から変わらず私の目標であり、尊敬する人です。

写真:PIXTA


今、毎日母のことを考えます。先日、母の書いたメモが見つかりました。病気になってすぐの頃に書いたもののようで、「どうしてこんな壊れた体になってしまったのだろう」と一言書いてありました。病気が発覚して、とてもつらかったのだと思います。
いつも元気で新しいことに挑戦していた母。9月に悪性リンパ腫と診断されたとき、医師に「年を越せるか分からない」と言われましたが、なんとか2021年を迎え、そして先日母の誕生日を迎えることができました。これから本格的に春が来ます。そしてまた1年、できるだけ母に元気でいてほしい。私は少しでも母のそばにいたいと思っています。

Q 同じような状況の方へのメッセージ

がんの患者さんご本人は、本当につらいことと思います。さらに今は新型コロナウイルス感染症の影響もあり、ご家族に会えない場合も多いでしょう。このような状況で家族としてできることは少ないかもしれないですが、手紙などでメッセージを伝えることができます。私はビデオレターという方法で母に声を届けました。少しでも同じような方々の参考になれば嬉しいです。

研究代表者 小寺泰弘先生からのコメント

これはたいへん厳しい状態を示されているリポートです。私の母も認知症と難病のために施設に入っており、あるとき誤嚥性肺炎(ごえんせいはいえん)*をきたして私の勤務する病院に搬入されたものの何とか持ち直して胃瘻を入れ、施設に戻ったばかりです。今回のお話は身につまされます。
悪性リンパ腫自体は希少がんではなく、びまん性大細胞型B細胞リンパ腫もその中では比較的多いタイプでエビデンスも豊富です。しかし、中枢神経にできるものはそれほど多くなく、治療法にも中枢神経に特有の難しさがあり、かつ高齢の方に多いようです。私たちの厚生労働省科学研究班で作成を支援している「脳腫瘍診療ガイドライン」(金原出版)にも中枢神経性原発悪性リンパ腫の項目があり、こちらにはさまざまな情報が書かれていました。
ただ、患者さんやご家族がここまでの情報に到達するのは難しいですし、内容も医療従事者でなければそのまま理解するのは難しいと思います。せめてより一般的な悪性リンパ腫の情報から中枢性悪性リンパ腫のガイドラインにつながる導線をつくることができれば、医療従事者には見つけやすくなるでしょう。今後の活動をとおして、何とかそのような方法を考えてみたいと思います。
*誤嚥性肺炎:物を飲み込む機能が低下したために唾液や食べ物、胃液などと一緒に細菌を気道に誤って吸引することにより発症する肺炎のこと。

名古屋大学大学院医学系研究科消化器外科学 教授 小寺 泰弘医師

名古屋大学大学院医学系研究科消化器外科学 教授 
小寺 泰弘医師

名古屋大学大学院医学系研究科消化器外科学教授であり、胃癌外科のエキスパート。日本胃癌学会理事として長らく学会誌編集に注力し、ガイドライン作成委員として「胃癌治療ガイドライン」の作成に携わる。日本癌治療学会理事としてガイドライン作成・改定委員長も務める。

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