(※) 以下は、厚生労働省の「希少がん医療・支援のあり方に関する検討会報告書」を参考にして作成しています。
希少がんへの対策が求められている
日本では2006年6月に「がん対策推進基本計画*」が閣議決定されて以降、がんの年齢調整死亡率は減少傾向にあります。しかし、希少がんの場合、患者数や専門の医師、医療機関が少ないため、診療ガイドラインの整備や有効な診断・治療法を実用化することが難しい状況です。また、希少がんは個々の臓器のがん種としては頻度が低いものの、すべての希少がんをまとめると、がん全体の一定数を占めると報告されています。
*がん対策推進基本計画…がん対策を推進するために「がん対策基本法」に基づいて作成されたもの
そのため、2012年6月に閣議決定された2期目の「がん対策推進基本計画」では、「患者が安心して適切な医療を受けられるよう、専門家による集学的医療の提供などによる適切な標準的治療の提供体制、情報の集約・発信、相談支援、研究開発等のあり方について、希少がんが数多く存在する小児がん対策の進捗等も参考にしながら検討する。」という文言が加わりました。そして、2015年3月厚生労働省健康局に「希少がん医療・支援のあり方に関する検討会」が設置され、希少がん医療・支援のあり方についての検討が始まったのです。
希少がん医療・支援のあり方に関する検討会で報告された、取り組むべき課題と施策
「希少がん医療・支援のあり方に関する検討会」では、取り組むべき課題とその施策を、
①医療提供、②情報の集約・発信、③相談支援、④研究開発
にわけて検討・報告を行いました。
①医療提供体制における課題と施策
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・病理診断
現在、希少がんに関して十分な数の病理診断*を経験している病理医は少数です。そのため、希少がんの病名診断や悪性度の診断の熟練に不十分であるケースも少なくないと推測できます。
このような状況の施策としては、日本病理学会と協力し、希少がんの病理診断のカンファレンスや、複数の病理医で相談ができるネットワークを構築することで、病理診断の質を高めることができると考えます。
*病理診断…患者さんの体から採取した組織や細胞で標本をつくり、顕微鏡で観察して診断をすること -
・治療
症例数の少ない希少がんでは、標準的治療の確定やガイドラインの策定が困難です。そのため、患者さんが近隣の病院を受診しても、エビデンスに基づいた適切な治療を受けられていない可能性があります。また、自宅から遠方で希少がんの専門施設を見つけたとしても、移動時間や交通費などの負担が発生します。
このような治療上においての課題には、まず、一般の方がインターネットで簡単に希少がんの専門施設を検索できるよう、施設の情報を整理し集約化することが必要です。そして、高度な治療を受けると同時に、自宅近隣のかかりつけ医やがん診療連携拠点病院でも診療を継続できるよう、病院連携や診療連携を強化していくことが重要です。 -
・人材育成
現在、複数の施設に希少がんの患者さんが分散し、希少がん診療に関して十分な経験を持った医師が育ちにくくなっています。
施策としては治療の施策と同様に、希少がん専門施設の情報を集約化して提供することで、いくつかの施設に患者さんを集約します。そして、希少がんに関しての知識や経験のある施設や専門家が、かかりつけ医を対象に希少がんについての普及と啓発を進めていきます。
②情報の集約・発信における課題と施策
現在、院内がん登録*のデータに基づく「施設別がん登録件数検索システム」において、各医療施設の希少がんの診療実績に関する情報提供が実施されています。しかし、現段階で検索できる施設は、がん診療連携拠点病院と地域がん診療病院だけに限られています。また、がん登録件数以外の希少がんについての詳細情報は集約されていません。
*院内がん登録…病院内でがんの診断・治療をしたすべての患者さんのデータを病院全体で集め、その病院でのがん治療の様子を調査するもの
今後、より正確な情報を患者さんに提供するためには、希少がんを診療する医療機関に対して、院内がん登録の実施を促すべきです。そして、提供する希少がんの情報は、学会や専門家、患者団体などの意見を取り入れ、随時がん情報サービスなどへの反映を通して、周知させていくことが重要です。
③相談支援における課題と施策
2014年1月から、都道府県がん診療連携拠点病院*の相談支援センターの業務に、「希少がんに関しては適切な相談を行うことができる医療機関への紹介を含め、相談支援を行うことが望ましい。」という内容が追加されました。しかし、相談支援センターの職員は、希少がんに関しての知識や相談経験に乏しく、十分な相談支援の体制が整っているとはいえない状況です。そのため、国立がん研究センターと協力しながら、拠点病院の相談支援センター職員の研修カリキュラムに「希少がん」を追加するなどの施策が必要です。 *都道府県がん診療連携拠点病院…全国的に質の高いがん医療を提供可能にすることを目的とし、厚生労働省により指定された施設
④研究開発における課題と施策
日本臨床腫瘍研究グループ*では現在、希少がんに対する臨床試験を行っています。希少がんのグループは、骨軟部腫瘍、脳腫瘍、皮膚腫瘍、頭頸部腫瘍などが存在し、研究・臨床試験の体制が整いつつあります。しかし、症例の少なさから希少がん全体として臨床試験や治験を勧めることは難しい状況です。そのため、新規治療や薬剤の開発に遅れが生じています。
*日本臨床腫瘍研究グループ…国立がん研究センター研究開発費研究班が中心の共同研究グループ
今後は、希少がんの基礎研究、臨床研究、治験などの情報を集約して発信することで、希少がんに関する臨床研究や治験を進めやすくなると思われます。また、希少がんの患者さんがおかれている状況の把握、心理的・社会的サポートに関する研究も必要です。
希少がんの課題を解決していくためには
今後は、「希少がん医療・支援のあり方に関する検討会」で発案された施策を具体的に実施していかなくてはなりません。そのためには、国立がん研究センター、関連学会、研究者、患者団体などが密に連携し、支援体制を構築していくことが重要です。
岡山大学医学部を卒業後、現在は国立がん研究センター中央病院 希少がんセンター長/ 骨軟部腫瘍・リハビリテーション科 医長/ 昭和大学医学部客員教授を務める。大学院卒業後一貫して悪性骨軟部腫瘍の診療と研究に従事。悪性骨軟部腫瘍に対する患肢温存術とともに生命予後改善のため新規治療薬の開発に取り組んでいる。